河瀬直美の生い立ちや若い頃はどんな人?学歴や結婚までまとめてみた!

東京オリンピックの公式記録映画の監督に就任した河瀬直美さん。

年末放送されたNHKドキュメンタリー番組のなかで、映像中に事実と異なるテロップを入れて放送してしまったという「NHKテロップ捏造事件」で話題になっていますよね。

河瀬直美さんと言えば、国内外でも数々の賞を受賞している日本の誇る有名映画監督ですが、彼女のことをよく知らない人も多いのではないでしょうか。


河瀬さんは幼少期、養子として引き取られ、養母に育ててもらっている過去があります。

彼女の作品には、自身の過去を作品にしたドキュメンタリー映画『につつまれて』『かたつもり』、特別養子縁組をテーマにした『朝がくる』など、彼女自身の経験を踏まえながらリアリティーを追求していくような作風が多いイメージがあります。


今回は、河瀬直美さんの生い立ちや学歴、結婚について書いていきたいと思います。

(アイキャッチ画像出典元 https://aria.nikkei.com/atcl/column/19/122100012/012400015/)

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目次

河瀬直美のプロフィール

画像出典元https://happy-happy-news.com/kawase-naomi-kekkon-keireki-oitachi-gakureki-syussinchi/

名前:河瀨直美(かわせ なおみ)
1969年5月30日 現在52歳
身長:167cm
出身地:奈良県奈良市
職業:映画監督、脚本家、エッセイの執筆など多岐にわたり活躍

ジャンルにこだわらずに仕事の幅を広げながら、表現活動を続けている河瀬さん。

故郷の奈良県において「なら国際映画祭」を催すなど、次世代の育成にも力を入れているといいます。

河瀬直美の学歴

 河瀬さんは奈良市立一条高校に進学しました。

https://www.chinmasa.com/spot/result/cate0105/detail1255/

一条高校というと、山本健太(日テレアナウンサー)や己浪学(サッカー選手)などの有名人を輩出しています。

現在の偏差値は59~64とかなり高め。

県内の公立高校偏差値ランキングでは、76校中4位。県内有数の進学校であることがわかります。

高校在学中はバスケットボール部のキャプテンとして国体出場経験を持っているという河瀬さん。

若い頃からお綺麗ですね、勉強もスポーツもできる河瀬さん。

高校卒業後、河瀬さんは大阪写真専門学校(現:ビジュアルアーツ専門学校)映画学科に進学しました。

映画作品の受賞歴

 専門学校時代~卒業後に同校の講師として働いている間は、「お洒落もせず、食べたいものも食べずに、映画ばかり作っていた」と話しています。

夢中で映画を作り続けていた河瀬さん。

1995年には、自身の生い立ちを描いた自主映画『につつまれて』『かたつもり』が山形国際ドキュメンタリー映画祭国際批評家連盟賞を受賞し、国内外で注目を集めるようになりました。

そして1997年、劇場映画デビュー作『萌の朱雀』でカンヌ映画祭カメラドール(新人監督賞)を史上最年少での受賞を果たしました。

 ちなみに『萌の朱雀』は、彼女がたまたま映画の撮影のために訪れていた中学校で、下駄箱掃除をしていた当時中学生の尾野真千子さんに声をかけ、主演に抜擢したといいます。

https://www.rbbtoday.com/article/2021/05/16/188725.html

尾野真千子さんは現在、様々なドラマや舞台に出演されている大女優。

その活躍は、河瀬さんとの奇跡的な出会いと映画の主演大抜擢から始まったのですね。

 2007年には『殯の森』でカンヌ映画祭グランプリ(審査員特別大賞)を受賞

https://ameblo.jp/tonton3/entry-10035125890.html

『あん』を発表し、国内外で大ヒットを記録しました。

2016年にはカンヌ映画祭シネフォンダシオン・短編部門の審査委員長に抜擢。

2018年、『光』がカンヌ国際映画祭においてエキュメニカル賞を受賞し、大きな話題を呼びました。

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養子として育てられた過去

河瀬さんが母親のお腹にいるときから、両親はすでに別居状態だったそう。

生まれてから一年ほどしてすぐに離婚。

彼女の母親自身も、両親が離婚しておりシングルマザーとして育てられた過去があるそうです。

自身が離婚したとき、まだ下に3人の弟がいたため自分の母親には頼ることができなかったのではないか、と河瀬さんは振り返っています。

その後河瀬さんは、子どもがいなかった大伯母夫婦のもとに引き取られ、養子として育てられることになりました。

画像出典元http://cineaste.jp/l/915.htm

養父と養母に大切に育てられていた彼女。

しかし心の中はいつも、「私はなぜここにいるのだろう」「なぜ生きているのだろう」自分のルーツが分からず、10代の頃は常に死にたい思っていたそうです。

そんな中、映画を撮ることに出会った彼女はこう語ります。

一生懸命自分のルーツを探り、父親とは何か、養母の存在とは何かという日常にカメラを向け続けて作った映画が、私の見ている世界を変えてくれた。そして、自分と関わってくれる人がいること、それこそが「生きていて良かった」ということだと思えるようになった。

https://bunshun.jp/articles/-/41249?page=3

彼女にとって映画は、自分が生きていくことを肯定するために必要な存在なのかもしれませんね。

結婚と離婚、再婚と子育て

 1997年、同じく映画監督の仙頭武則(せんとうたけのり)さんと結婚した河瀬さん。

画像出典元https://media.nuas.ac.jp/visual/staff/sentou/

河瀬さんが監督した作品『萌の朱雀』のプロデューサーを仙頭が務めたことがきっかけとなり、二人はゴールイン。

しかし、3年後の2000年には離婚

当時、二人の間には子どもはいませんでした。

それから4年後の2004年、河瀬さんは一般男性と再婚。

30歳を超え、子どもが欲しいと考えていた河瀬さんでしたが、当時は、「子どもを生むなら30歳までに」というような考え方が世の中にあった時代。

授かることは厳しいか…と半ば諦めかけていた34歳のとき、自然妊娠することができました。

東京暮らしから地元の奈良に戻り、食事や生活習慣を整えたことが大きかったのではないかと河瀬さんは振り返っています。

まとめ

今回は河瀬直美さんの生い立ちなどについてまとめました。

  • 河瀬直美さんは奈良県立一条高校出身。
  • デビュー作品『につつまれて』『かたつもり』では山形国際ドキュメンタリー映画祭国際批評家連盟賞を受賞。
  • 『萌の朱雀』では新人監督賞、『殯の森』では審査員特別大賞と、カンヌ映画祭にて2度の受賞歴を持つ。
  • 大伯母夫婦のもとへ引き取られ、養子として育てられた
  • 仙頭武則さんと離婚し、再婚。現在は一児の母として、子育てと仕事を両立させている。

河瀬直美さんが総監督を務めたオリンピック映画『東京2020年オリンピック(仮)』が2022年6月に公開されます。

河瀬直美twitterより

バスケットボール部の国体出場経験を持つ彼女は、2021年7月の日本経済新聞のインタビューで

「映画の道に進んで30年。五輪の公式映画監督として再びスポーツに向き合うことに運命を感じる。」

と答えています、公開の日が待ち遠しいですね。

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