どうも、管理人ハヤトです。

先ほどショーケンこと俳優の萩原健一さんがお亡くなりになりました。

死因はGIST(消化管間質腫瘍)

聞いた事ない病気ですが、2011年から闘病していたそうです。

最近はメディアで見る事がなかったのでどうしてるか全く知りませんでしたが・・・。

萩原健一さんのご冥福をお祈りいたします。

という事で今回は俳優・萩原健一さんについて気になったのでちょっと調べてみました。

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主なプロフィール

本名:萩原健三(はぎわらけいぞう)
生年月日:1950年7月26日(68歳没)
出身地:埼玉県北足立郡与謝野町(現さいたま市中央区)
身長:174㎝
血液型:O型
所属:KR株式会社

萩原健一の若い頃について

26日にお亡くなりになられた俳優・萩原健一さん。

冒頭にも書いたのですが、最近はメディアで見る機会がなかったので自分的には当時の印象のままで止まっています。

当時の萩原健一さんと言えば怖いイメージでしたねえ。

調べてみると、この人マジでヤバい( 一一)

萩原健一さんの実家は鮮魚店。

非嫡出子として生まれます。

兄弟は兄が2人、姉が2人で健一さんを含めて計5人兄弟。

しかし父親がそれぞれ違うという複雑な家庭で生まれ育ちました。

そんな萩原健一さんは、中学時代から酒、たばこ、女、ケンカに明け暮れる毎日。

ある日、六本木のトムスというバーによくたむろしていたダイケンとチューケンという二人の高校生と喧嘩をします。

相手は年上でしかも二人です。

普通に喧嘩しては勝てないと思った萩原健一さんはなんと懐にナイフを忍ばせて喧嘩に挑もうとしたのです!

二人に、その度胸を買われた萩原健一さんはショーケンというあだ名が付けられたんですねえ。

っておいおい、今なら大問題やぞ(;^ω^)

高校生になった萩原さんですが、16歳の時に埼玉県大宮市でスカウトされて「バンド・ザ・テンプターズ」というバンドのボーカルとしてデビューを果たします。

うん、時代が古いからしょうがないけどダサい!

当時人気だったスパイダースの弟分のようなバンドだったそうですが、このバンドも結構人気があったみたいですね。

しかしバンドは1970年に解散。

次に沢田研二さんらと共にPYG(ピッグ)というバンドを組みます。

沢田研二さんと組んでたって凄いバンドですよねえ!

しかし萩原さんは昔から映画監督になるという夢のために音楽活動から遠ざかっていきます。

そんな萩原さんは1972年に映画「約束」で助監督を務めるはずだったのですが、主演の俳優が急きょ降板!

代わりに萩原さんが俳優を務める事になります。

これがまさかの好評に繋がり、俳優・萩原健一として本格的に活動する事になるのです。

萩原健一さん自身が憧れていた石原裕次郎さんが主演を演じていた「太陽にほえろ!」にも新人刑事のマカロニ役で出演するなど、俳優業としてブレイクしたのです。

萩原健一の逮捕歴

萩原さんは過去に色々な事件を起こして何度も逮捕されています。

まずは1983年に4月に大麻不法所持で逮捕→懲役1年&執行猶予3年

翌年の1984年には飲酒運転で人身事故を起こし、業務上過失傷害罪で逮捕。

今ならこの時点で完全に芸能界から追放されますよねえ・・・。

また翌年の1985年には女優の倍賞美津子と二人でいる所を週刊誌のカメラマンに撮られ怒った萩原さんはカメラマンと編集者を暴行して、書類送検されています。

3年連続で事件を起こすというヤバさですよ。。。

そして2004年に再び交通事故を起こして業務上過失致傷罪で逮捕されています。

しかし一番有名なのが恐喝未遂容疑で逮捕された事件ではないでしょうか。

萩庭さんは、共演者だけでなく監督、スタッフに暴行・暴言を繰り返したために主演映画「透光の樹」が途中降板となってしまいます。

萩原さんはプロデューサーから出演料の半額である750万円の返還を求められたのですが、それを拒否。

そして萩原さんはプロデューサーの留守電に実在する国税庁・警視庁・暴力団の名前を挙げて最後に「必ずやっつけますから」と脅迫すると同時に出演料の全額である1500万円を要求したのです。

これでプロデューサー及び製作側から恐喝未遂容疑で告訴され逮捕。

懲役1年6か月、執行猶予3年の有罪判決を言い渡され、活動休止となったのです。

普通の会社なら懲戒免職ですよねえ。

萩原健一さんに俳優としての才能があったとしても、如何に芸能界が身内に甘かったのかが分かります。

まあヤクザの世界ですから、そんなもんなんですかねえ。

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嫁との馴れ初めは?子供はいるの?

何度も逮捕を繰り返していたアウトローの萩原健一さん。

結婚遍歴もアウトローでなんと3回も離婚してます!

1回目の結婚は1975年にモデルの小泉一十三(こいずみ ひとみ)さんという方と結婚されています。

二人の間には長女が生まれているのですが、わずか3年で離婚。

離婚理由は分かりませんが、離婚後は萩原さんが補償金と子供の養育費を払うのに四苦八苦したみたいですね。

素性が悪い事からテレビなどの仕事がなかなかなくて資金繰りに苦労していた萩原さん。

当時はぬいぐるみのアルバイトや天地真理さんのショーのバックで汗だくで踊ったりして養育費を稼いでいた模様。

努力の甲斐あって養育費を滞納する事は一度もなかったそうです。

で、2回目の結婚1980年。

女優・いしだあゆみさんと結婚されます。

が、この結婚は事実婚で、2008年に出版された自叙伝「ショーケン」でいしだあゆみさんとは未入籍と書かれているのです。

しかし週刊新潮が「実は入籍していた」と報じていてどっちが本当なんだか・・・

兎にも角にもいしださんとは、4年で離婚します。

3回目の結婚相手は女優・倍賞美津子さん。

上にも書きましたが不倫のちの結婚なので略奪婚ですね!

倍賞さんは当時、アントニオ猪木と結婚していたのですが離婚。

3回目の結婚と書きましたが、二人は正式には入籍していないので事実婚という名の同棲生活を送っていただけです。

そして10年後に離婚(破局?)します。

離婚理由は萩原さんの浮気です。

当時、萩原さんはバイオリニストの前橋汀子と交際しつつ女優・石田えりこさんと浮気していた事が原因で倍賞美津子さんと離婚しました。

そして2011年2月にモデルの富田リカさんと結婚。

富田さんとの出会いは萩原さんにとって人生の分岐点となります。

萩原健一「家内(富田リカ)に会った瞬間、全て過去を忘れました。悪戦苦闘した事も全て忘れた。いいことも悪い事も帳尻が会う。今は幸せですよ」

また現在の心境を聞かれ↓

萩原健一「ジェットコースターのような人生だったが今後はメリーゴーランドのようなゆっくりした人生を送りたい」

富田リカさんとの出会いによってアウトローから脱却できたのです。

また富田リカさんも過去に2回の離婚経験があったのですが、萩原健一さんとの結婚によって全て忘れる事ができたのではないでしょうか。

夫婦揃ってこれから人生を楽しむぞ!という感じだったと思うのですが、68歳での死というのは早すぎた・・・。

改めて萩原健一さんのご冥福をお祈りいたします。

以上

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